変わっていく大正時代のメイクとは

現代の女性にとって、メイクは欠かせないものであり、外に出るにはメイクをしなきゃ出られない、という人も少なくありません。

そんなメイクですが、メイクの雰囲気や、メイクをするための道具もその時代の流行によって変わっていきます。

では、モダンガールなどが登場した大正時代のメイクの雰囲気は?道具は?

そして、果たして大正時代の女性にとってメイクとはどんなものだったのでしょうか。

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目次

これはメイクに欠かせない!

女性にとって、メイク道具は大切なものです。

メイクが出来るだけではなく、より上手に使いこなせるもの、より見た目が好みのものがいいなど、女性の注文は尽きることを知りません。

しかし、少し昔のメイク道具は現代と比べると種類も数も少ないものでした。

しかし、大正時代では輸入品ではなく、日本で作られる国産のメイク道具が増えていくなど、現代へつながる変化が起きていたのです。

例えば、この頃に初めて登場したメイク道具の一つが現代ではお馴染みのアイシャドウ。

ほかにも、日本で作られたものが出回るようになったメイク道具には棒口紅や白粉がありました。

輸入品の口紅は明治時代にはあったものの、大正時代では棒口紅という国産のリップスティックが登場したのです。

しかし、多くの人々にとってはまだそれほど親しまれる存在のメイク道具ではありませんでした。

しかし、メイクに欠かせない白粉も明治時代には輸入されていたものの、大正時代になって国産で、しかも色付きの白粉が登場し、それまでのメイクの歴史を変えたのです。

社会に出るのにメイクは必要?

大正時代はメイクの歴史に大きな変化をもたらした時代でした。

メイクの道具が増えたりしたことももちろんですが、メイクをする女性の意識が変わったことも大正時代の大きな変化です。

それというのも、大正時代に女性たちが職業をもち、社会へ出ていく風潮が強まったことが原因です。

外へ働きに出るようになった女性たちにとって、メイクは社会へ出るためのマナーとなっていったのです。

また、洋服を制服としている職業もあったため、洋服に合わせたメイクをするようになったこともメイクの歴史を大きく変えたのです。

これが大正時代の流行メイク!

時代によってメイクの流行は移り変わっていきます。

大正時代のメイクは、映画に出てくる女優や欧米のスターの影響を受けたメイクが流行りました。

つまり、細めの眉に目尻にシャドーをいれたタレ目、そしておちょぼ口が大正時代の流行だったのです

この少し頼りない表情のメイクは日本の伝統的なメイクと少し似ています。

時代によって変わっていくメイクですが、基本のメイクは白粉に、眉をつくり、そして紅を塗ることです。

国産のメイク道具や新しいメイク道具が登場するなど、メイクをする道具が変わり、洋服に合わせたメイクになるなど、目指す方向も変わっていった大正時代。

大正時代では、女性の社会進出がメイクをも大きく変えていったのです。

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