今ではなくてはならない交通手段であり、自分を飾る、表現するためのものともなっている車。
様々な性能、デザインの車が町中を走る現代からは想像できないことですが、日本がまだ大正時代だった頃は車といえば自動車ではなく、人力車、馬車が中心でした。
しかし、大正時代からは数こそ少ないものの、様々な車が登場します。
大正時代の日本を走っていた車は一体どんなものだったのでしょうか。
3種の自動車そろい踏み!
自動車が輸入され、少しずつ数を増やしていった大正時代、日本に登場してた自動車には3つの種類がありました。
明治時代の1904年に登場した国産車第一号とされる山羽式蒸気自動車、そして1907年には国産初のガソリン車のように、蒸気、またはガソリンで動く車が大正時代の初めにはすでに登場していました。
当時のガソリン車ではガタクリ、ガタクリという音を出しながら走るので、タクリー車と呼ばれた車がよく知られています。
しかし、大正時代の日本を走っていた自動車は蒸気、そしてガソリンで走る車だけではありません。
実は、電気自動車もこのころにはアメリカから輸入され、日本にやってきていたのです。
電気自動車が輸入されたのは大正時代に入る少し前、1910年のこと。
『時事新報』には東京電燈会社が購入した電気自動車について、速力は落ちるものの、老人や婦女子が乗るには一番ぴったりだと書かれています。
最近作られ始めたイメージを持たれがちな電気自動車は、大正時代のころにはすでに日本に登場していたのです。
驚きの最新サービス
新顔かと思いきや、実は大正時代に登場していた電気自動車。
しかし、さらに驚くべきはその電気自動車の購入者に対するサービスです。
ガソリン車がガソリンで動くように、電気自動車は電気で動きます。
必ず電気が必要となる車なので、購入者には市中の配電所や持ち主の自宅で電気を注入するサービスが考えられていたのです。
まるで現在のサービスと勘違いしてしまいそうなほどしっかりした構想がすでに大正時代には考えだされていたのです。
誰がための高級車?
現代の私たちが思っている以上に深い大正時代の自動車の世界。
しかし、数は少なく、自動車に乗る人はまだ限られていました。
庶民にとって比較的身近な自動車であるタクシーにも導入されていたT型フォードという車は馬力があり、丈夫で、何より安かったため、大正時代の自動車の主流となっていました。
一方、その逆、高級車とされるものは名士が愛用していたルノーや、フランス車であり、名士や皇族に使われたベルリエ、また政府要人、そして皇族に使われたキャデラックなど。
現在でも名が知られている有名な車が大正時代には皇族や名士、政府の要人を乗せて走っていたのです。
大正時代では日本の工業技術がまだ未熟だったため、国産の車はまだ影が薄かったのです。
まだ数は少ないものの、電気自動車や現代のようなサービスがあり、そして輸入車が日本を走っていたのが大正時代だったのです。