いつの時代でも、教育はその国の中でとても重要な意味を持ちます。
国民の教育を担う学校で行われる学校教育も、その時代ごとに工夫され、変化し、現代に続いているのです。
そこで現代までの学校教育の歴史を振り返ると、大きな変化を迎えた時代はいくつかあるものの、その中の時代の一つに大正時代があります。
大正時代を経て学校教育の歴史は大きく変化していくことになりました。
大正時代は学校教育の環境がそれまでと大きく変わったことに加え、肝心の教育の内容にも変化があったのです。
教育の中でも、教えられる歴史の内容などが変わっていった時代なのです。
では、そんな大正時代の学校教育はどんな流れの中にいたのでしょうか。
増える学び舎、待ったなし
大正時代から昭和時代にかけて、何かを学ぶための学校の数は急激に増えていきました。
中等学校、高等学校、そして専門学校も。
大正時代には、教育を受けるための学校が全国で増えていき、学ぶための環境が整っていった時代だったのです。
学校が増えていったということはつまり、教育を受けたいと望む生徒の数も増えていったということ。
生徒数が増えていったことも大正時代の大きな特徴なのです。
無駄な会議は一つもない?
当時、学校の教育方針を決めるために、内閣で臨時教育会議が開かれていました。
この教育のための会議こそ、それ以降の教育を改善することができた大きなポイントです。
会議で出された方針や教育の方法がすぐ現場で実践されたことによって、教育制度がより充実しました。
当時行われたこの会議はそれまでの中等教育をより充実させ、高等教育機関を広げていったのです。
このように会議で検討されたことがすぐ現場に伝わったことで、当時の日本の学校教育は大きく変わっていったのです。
歴史で習うのは神話?
大正時代には、学校が増え、教育の環境も整ったうえ、教育も充実していきました。
そんな学校教育の中でも、歴史の授業には変化が見られます。
その国の成り立ちや世界の在り方などを学ぶ歴史の授業はいつの時代であっても重要な位置を占める授業ですが、大正時代には、その歴史の授業にそれまでと違う大きな変化があったのです。
初等教育で学ぶ日本の歴史の授業、そして地理の授業時間が増えていったのです。
それらの授業は尋常小学校の第4学年から始められました。
さらに、増えた歴史の授業の中には、それまでよりも神話がより多く教えられました。
その神話の一つとして、例えば大国主命の国土献上の神話などがあげられます。
大正時代から昭和の初めごろにかけて、国際協調の大切さとともにそういった神話などが教えられていったのです。
学校という学ぶための場所が増え、会議によって教育制度がよりよくなっていった大正時代。
それだけではなく、歴史の授業の中では学ぶものが少し変わっていくなど、学校教育の内容にも変化があったのです。
大正時代には、そういった点で教育の変化を見て取ることができたのです。