アメリカとの関係は現代でも日本にとってとても重要なものです。
それは大正時代でも同じでした。
大正時代のころ、海外からやってきた文化や物を取り入れ、日本は一気に変化していきます。
中でも、アメリカからの影響は大きいものであり、アメリカからやってきた沢山の文化や物が日本に広まっていきました。
では、大正時代にアメリカから日本にやってきて広まったものとは何だったのでしょうか。
そして、それとは逆に日本からアメリカにいったものにはいったいどんなものがあるのでしょうか。
大正時代のころ、アメリカは?
大正時代のころ、日本は大戦景気を迎え、景気がとてもいい状態でした。
そして、1920年、アメリカでも大好況期を迎えます。
フォード車など、自動車が市民の間に広がっていく自動車の大衆化、家庭電化製品の普及、そして大衆娯楽がより発達していくなど、現代大衆文化が成立したのです。
このようにアメリカは好景気に沸き、このころのアメリカ経済は「永遠の繁栄」と呼ばれるようになったのです。
広まるメイド・イン・ジャパン
このころ、日本で作られたメイド・イン・ジャパンのおもちゃは盛んに海外に輸出されるようになりました。
実は、当時の日本にとっては日本で作られたおもちゃは輸出産業の大切な柱となっていたのです。
大正時代の日本では、セルロイド製の人形などが人気を集めていました。
そのような状況の日本から輸出されたおもちゃはもちろん、アメリカにも入ってきました。
そんな大正時代の日本のおもちゃの中には、器械体操というものがあります。
このおもちゃは1926年ごろに生まれたゼンマイ仕掛けのおもちゃであり、アメリカで人気となりました。
日本のおもちゃは安く、手に取りやすかったため、人気はなかなか衰えることを知りませんでした。
あれが日本にやってきた!
日本のおもちゃが輸出の柱になっていた大正時代、逆に日本にアメリカからやってきてブームをおこしたものがありました。
その一つが、現代ではおなじみのキューピー人形。
もとはアメリカのイラストレーター、ローズ・オニールが生み出したものでした。
アメリカから世界へ、そして日本にもやってきて広まった結果、現在のように誰もが知る存在となっていったのです。
また、明治時代に日本にやってきたもので大正時代に流行したものがあります。
それがビリケンさんです。
生み出したのはアメリカのフローレンス・プリッツ。
大正時代より少し前、明治時代に日本にやってきたビリケンさんですが、ブームが起き、日本中に広まっていったのは大正時代になってからでした。
このように、大正時代はアメリカからの文化などを取り入れ、日本に根付かせていった時期ですが、一方アメリカにも日本のものを輸出し、影響を与えていった時代なのです、
